携帯電話 遍歴
機種変更の記事に続いて、これまでの機種履歴をまとめてみましょう。
この13年間のPHS・携帯の進歩を感じます。
スペックの参考に:アステルPHS機種リスト
【1】アステル A171(東芝) 1996年4月~ 約2年間
通話機能のみの、第1世代のPHSです。
液晶は白黒2行で、カナ名+電話番号。
パソコンのアナログモデムと、セルラーケーブルでつないで、14.4kbpsで通信。これは当時のPDC携帯よりも高速で安価でした。
ホームステーションも買って、自宅では固定電話のコードレス子機として使えました。
ちなみにアステル東京がサービス開始したのが1995年秋。
アステルには鉄道各社が出資していた関係で、駅構内への基地局設置が他社より早く、鉄道で移動することが多かった私はアステルを選んだのです。
1997年春、アステル東京で契約のまま九州に異動。
1997年夏、アンテナ(非伸縮)の突起が折れる。でも感度は大丈夫。
1998年、バッテリの保ちが悪くなってくる。
【2】アステル AS-12(シャープ) 1998年~ 約2年間
モジトークに対応(Cメールのようなもの。半角英数カナのみ39文字)
PIAFSに対応。パソコンとはインターフェースカードで繋いで、32kbpsのデジタル通信。PIAFSカードはアステルから無償貸与、ただし返却の必要なし。
AS-12には、貯まったポイントで無料で機種変更できました。変更した後、A171もコードレス子機として、あるいはトランシーバーモードで新しい端末と直接通話で使用できました。
この時期のPHSの流れは「小型化」です。第一世代PHSは140g前後だったのが、このころは70-90gくらいが相場でした。AS-12も小さくて胸ポケットに入れて邪魔になりませんでした。携帯電話の方は逆にこのころから、メールやWWW閲覧、カメラ付きなどのため→大画面→大型化してゆきました。
【3】アステル AT-33(東芝) 2000年~ 約3年間
漢字表示に対応(白黒3行)
e-mailに対応
MOZiOに対応(インターネットではない、独自の情報サービス)
ここまで、画面は白黒です。
アプリやカメラなんてありません。
このときは貯まったポイント+少額で機種変更。
PHSが廃れるなか、粘って使っていましたが、とうとう2003年11月にアステル九州が電波停止。アステル東京のほうはまだしばらく営業していたので、最後の端末は義父に譲り、自分はauに乗り換え。妻もDDIポケットだったのを、いっしょにauに変えて、古い端末は母へ。
これまで、携帯じゃなくPHSで困った経験というと、
- PHSは圏外・携帯は圏内の無人島に、渡船業者のいじわるで置き去りにされた
。 義兄が携帯を持っていて事なきを得た。 - 予約便より早い高速バス
に乗ったが、山間部走行中で、予約キャンセルの電話が繋がりにくかった。
【4】au A5503SA(三洋) 2003年12月~ 約5年間
31万画素カメラ
QVGAカラー液晶
BREWアプリ
GPS
本体内データ領域は10MB(外部メモリスロット無し)
A5503SAはCDMA 1Xタイプ全盛で、現在主流のWINシリーズがようやく出始めたころの機種です。このころのデザインの流行は丸みを帯びたクラムシェル型。その中でも薄型のA5503SAを選びました。今ではCDMA 1Xは、子供やシニア向けの機種にだけ残っています。妻のも5年物なので、そろそろ考えよう。
幸い、同色のA5503SAを同じように5年間使っている、物持ちのよい学生がいるので、バッテリーパックや、ACアダプタを、スペアとしてあげる予定。
【5】au W62S(ソニー・エリクソン) 2009年1月~
前の記事の通り。
この5年間での大きな変化は,カメラの高画質化,QRコード,おサイフケータイ,音楽プレーヤ(私は使わないだろう)
ワンセグもほぼ標準装備になってきましたが、今回は非搭載機を選びました。
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